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2009年5月

2009年5月21日 (木)

雲海を求めて-その2

連休の中盤は雨にたたってしまった。7日の夜11時ころ外に出てみると雨もやみ雲間から星も見える。食料の買い出しもすませておいたので夜12時に家を出る。行くところはまだ決めてないが道中考えよう。御殿場のコンビニに車を止め右に行くか左に行くか?。今回は夜景、雲海が目的だ。右は新道峠、左は清水吉原。新道峠、ツツジはまだ早いだろう。6月、7月にしよう。前回いまいちだった吉原にしよう。2年ほど前その地の主らしき人に、雨上がりがねらい目だと聞いていたので、今回はまたとないチャンスかもしれない。一路吉原へ。途中土砂降り雨。それでも3時半についた。この雨の中撮影ポイントは何かあると陸の孤島になる危険があるので茶畑の中に車を止め仮眠。その日は富士は一日中雲の中。カーナビで富士の方向を確認して見えない富士を想定して構図を確認。こうして無為に一日がすぎてゆく。早めの夕食を取って晴れてきたら上に行くかと思っていると、車が1台上ってくる。車の中から「ここで撮るの?」と声をかけてくる。先々週パノラマ台で会ったK氏だ。私の三脚で分かったという。「一人では心細いのでちょうどよかった」という。私も同感。いそいそと後を着いてゆく。三脚をセットし、夕食。うまい具合に雲海が出てくる。富士はよく見えないが、だいぶ雲も切れてくる。デジカメで確認し、構図を決める。久しぶりにフイルムも撮るか。デジカメデーターを元に手作り円盤形早見表で露光時間を決める。だだ問題は長時間露光時のフイルムの感度低下のデーターが全くない。とりあえず1.5倍の45分に決めた。データーを書き留め、デジタルで撮影。あっという間に朝がきた。早いものだ。No5_6077

No5_6348 10時頃この地を後にする。次の目的は、満月と富士。私の乏しいデーターによれば本栖湖あたり。その延長線上の朝霧に行くことにする。道中芝桜の車の縦列。適当に脇道に入りロケハンする。

夕方月が出てきた。やはりもっと右だったか。薄い雲で月は写らない。時間的にも無理だ。ウサギさんを出すと富士はつぶれる。富士を出せば月がつぶれる。まだまだデーター収集能力がない。やはり月用のソフトとGPSが必要だな。ウーン金がかかるけど優先順位一位だと自分を納得させる。

No5_6328 No5_6336

明日の朝はここで朝焼けをねらおう。朝霧の道の駅で寝る。

翌朝は少し焼けたものの、写真にならず。

朝霧の牧草地の中で朝食を取る。せめて彩雲でも出ないかと思い、11時頃までいる。明日からまた会社なので早目に帰るとするか。打ち止めはいつもパノラマ台に決めている。夕方までいるも、またしても変化なし。湖面がうまい具合に色づいていたが、話に夢中になりシャッターチャンスを逃がしたしまった。

No5_6338 No5_6359

2009年5月20日 (水)

雲海を求めて

今年の5月連休は超大型になった。後半2日ほど有給を取ったので、なんと12連休。今回の休みは清水吉原にしようと前々から決めていた。30日昼頃家を出る。130Kmほどの行程。一般道をトコトコと行く。やはり込んでいた。現地に5時半に着く。私が決めていた撮影ポイントの途中で一人夕食の支度をしていた人がいた。車の中から、富士山の撮影にこられたのですか?と声をかける。ここしか知らないんだがこの先にもあるんですかと聞く。ここもいいけど上もいいですヨ。教えてくれと言う。この上を右に曲がったら後は一本道。私が先に行ってるからすぐ解りますよ。現地に着きまず三脚をセット。写真を撮るほどでもないので夕食の支度をしていると先の御仁がやってきた。三重からきたと言う。ここで一人寝るのはちょっと寂しい。あーよかった。早目に寝る。

目覚ましをかけていたのだが寝過ごした。軽い朝焼けがあったものの平凡であったから一安心。変な心境だ。何枚か撮る。ここは今まで富士さえ見えていなかったので、今回は見えるだけでもましである。三重の人は10時頃帰っていった。

入れ替りに三人組がやってきた。挨拶を交わすも、この草が邪魔だから刈ろうとかあの樹がうるさいから切ってしまおう。この崖の上はロープを使えば行けるだろうとか言っていた。樹を切るのだけはやめてほしい。聞くところによれば、山伏で樹を切り倒し大問題となり今ではロープを張り進入禁止になっているらしい。ここもそんなことにでもなったら涙ものである。そして台風のように去っていた。ヤレヤレ。

雲が広がり夕焼けは期待できそうもない。そして明日は野暮用があるのでかえるとするか。途中大観山に寄るも雲の中。そして寒いことこの上なし。15日前後になればここも混みだすだろう。そう言えばO川氏が次はここに来ると言っていた。氏は少なくとも1週間から10日位い張り付く。何度か作品を見せてもらったが涎が出るものばかり。竹内敏信氏から写真集を出すよう進められているらしい。お近づきの印に1冊買って見たいものだ。No5_6049

No5_6053 No5_6057

2009年5月14日 (木)

いざ鎌倉へ

桜行脚も結局3カ所で終わってしまった。桜前線とともに北上したいのだが、時間もない金もないので夢のまた夢で終わる。いつか実現できることを老後の楽しみにしておこう。

話は変わるが、我が家の行かず後家がやっとよき伴侶を見つけた。両家顔会わせで鎌倉に行く。被写体の宝庫。でも近くなのになかなか行かないものだ。今回は写真撮りが目的でないので作品はない。

ついでに夕方秋谷海岸に行く。一年前に知り合った自称プロスポーツカメラマンに出会う。最近富士写真に嵌っているようだ。自動車レースの写真を見せてもらったがどこがいいのかよくわからない。流し撮り、ピントバッチリさすがである。でも私の興味の範囲外。写真家になりたいと言う青年もいた。どうしたらうまくなれるのか私に聞く。もちろん解るはずもない。ただいえることは、ここによき先輩がいるのだから可能な限り行動を共にし、同じところで撮った写真を見比べるといいヨ。どんなことでもいえるのだが、アーだコーだと教えられより盗むしかない。伝統工芸でもいえることだが師匠に教えられたことはない。見て覚えたとよく聞く。そんなえらそーなことを言ってしまった。振り返れば自分はどうなのだろうか・・・・。年齢的には盗まれる立場なのだが。

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